伝説の格闘家・プロレスラーファイル Vol.1



剛柔流空手道
山口 剛玄 (Yamaguchi, Gogen)


那覇手の大家であった東恩納寛量が中国拳法のエッセンスを取り入れて創造した三戦や転掌の型によりできた独特の空手。それをさらに練り上げ、接近戦を得意とするこの空手を剛柔流と命名した宮城長順。そして、宮城長順から命を受け、剛柔流を日本に普及させ、世界に知らしめた最大の功労者が山口剛玄その人である。
宮城長順から受け継いだ剛柔流の普及に半生をかけた剛玄は「ザ・キャット」と称され、海外でも有名な空手家だ。沖縄剛柔流を除けば、日本の剛柔流の約8割は剛玄の系統だと言われている。

剛玄は明治42年(1909年)1月20日生まれ、鹿児島市出身。10人兄弟のうち、男兄弟は6人全員武道に熱中する武道一家の三男として幼少より示現流剣術を学んだ。ある時、近所に沖縄出身の大工が住んでおり、彼から空手の手ほどきを受けることになった。示現流の稽古もつづけ空手との2足わらじが続いた。小学校を終えた剛玄は新聞配達や牛乳配達などのアルバイトをしながら商業学校に入学。空手の練習はもっぱら一人稽古だった。そうしたある日、京都帝国大学柔道部の招待により宮城長順により昭和2年に唐手道講習会が開かれた。その講習会に柔道の心得があった剛玄も柔道4段として参加した。昭和3年(1928年)に関西大学法学家専門部に入学したが2年生になってすぐ同大学を退学。昭和4年には立命館大学専門部法学科に入学。当時の立命館大には空手部は無かったため、剛玄は相撲部と応援団に籍を置きながら空手研究会を組織した。意外にもそんな剛玄が剛柔流開祖、宮城長順から直接指導を受け始めたのは昭和6年からだ。長順の技と「人に打たれず、人を打たず、事なきをもととするなり」という人格に剛玄は感銘し影響を受けていった。昭和11年(1937年)5月に宮城長順は大日本武徳会において剛柔流空手道の演武をした。その翌年の5月には再び京都を訪れた長順は剛玄に日本本土での剛柔流の普及を委ねると同時に「剛玄」の雅号を与えた。剛玄はこの頃から頻繁に山に篭って滝に打たれたり、禅を組んだり、断食などの荒行を自らに課すようになった。同時に学校への空手部創設などの普及活動も精力的に行っていた。

昭和14年(1939年)には満州に渡る。剛玄の留守中は門下の曹寧柱に師範を務めさせ、自身も満州で空手の稽古を続けていた。昭和15年には「東亜武道使節団」の団長として蒙古相撲家、中国武術家などを含む総勢約70人の武道団を結成し、日本各地で一ヶ月に渡り演武をしてまわった。昭和20年(1945年)、終戦。そして、旧ソ連の捕虜となった剛玄は収容所生活を強いられ、死と隣り合わせの日々を送り釈放され帰国できた時には昭和22年の11月になっていた。敗戦後、戦前の価値観は崩壊し自決を考えるが思い直し空手に再度情熱を注ぐことを決意。帰国して間もない昭和24年(1949年)に東京都浅草日本堤に道場を開き、さらにその翌年昭和25年5月には「全日本空手道剛柔会」を設立。全国の剛柔流空手の同志に呼びかけたところ約三万人が呼応し、剛柔会は空手界の一大組織として生まれた。同年昭和25年7月には道場を浅草千束へ移し、荒々しい稽古をこなし活気に満ちた道場に育てていった。剛玄はこの時42歳。後にかの極真会館の創設者となる大山倍達が剛柔流7段教士として稽古に通い、又、宮崎長順の長男・宮城敬との交流がもっとも盛んだったのもこの浅草千束時代である。

剛玄は基礎体力の重要性を重んじ、生徒には腹筋などの基礎トレーニングをみっちりさせていたという。剛玄自身の技は鋭く、迫力があり、小柄ながら大きいな相手をさばいていく様は圧巻だったという。又、今では当たり前だが当時は空手自体に型や約束組手はあっても自由組手というものは練習形態にはなかった。その時代に剛玄は立命館にて自由組手をはじめており、そこから自由組手が広まったといわれている。正に空手界の革命児だった。

昭和34年(1959年)には空手界統一の動きの中、全日本空手道連盟を結成するための発起人として名を連ね、昭和39年には全日本空手道連盟が成立。和道流の大塚博紀、日本空手協会の中山正敏、糸東流の岩田万蔵らと会談し、「元老」の大任についた。が、しかし、10年後の昭和49年に剛玄は全日本空手道連盟を離脱してしまうこととなる。剛玄は昭和41年頃からハワイにて剛柔会支部の指導を皮切りに、東南アジア諸国、オーストラリア、香港、フィリピンなどを訪問し世界での空手の普及にも努めた。現在、全日本空手道剛柔会の支部は世界約40カ国にまで広がっているという。
そして、平成元年(1989年)5月20日、世界の空手家「ザ・キャット」こと山口剛玄は「俺は幸せだった。俺は頑張った。」と言い残し、急性心不全のため他界。享年81歳。

*剛柔流空手については剛柔流空手道もご参照ください。
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